みんなは5月16日はなんの日か知ってる?
ググってみると、[Wikipedia](https://ja.wikipedia.org/wiki/5%E6%9C%8816%E6%97%A5#%E8%A8%98%E5%BF%B5%E6%97%A5%E3%83%BB%E5%B9%B4%E4%B8%AD%E8%A1%8C%E4%BA%8B)に面白い日が載っているよ。
> 性交禁忌の日(日本)
> 江戸時代の艶本『艶話枕筥』に、5月16日(旧暦)は性交禁忌の日で、禁忌を破ると3年以内に死ぬと記載されていることから。
マ、マジ!?この日にセックスすると3年以内に死ぬの!?
どうやら、この元ネタは江戸時代の艶本『艶話枕筥(つやばなしまくらばこ)』なる本らしい。ほんと!?
本当に書いてあるか気になったら、原本に当たるしかないよなぁ。
てことで早速この本の名前で再度ググってみたんだけど、うーん、なかなか原本にたどり着かない。
……調べていると、実はインターネット上でまことしやかに囁かれているこの言説、一筋縄ではいかないことがわかったんだ。
# 『艶話枕筥』を探して
そもそも、なんでこんな日を知ったかと言うと、松浦はこさん([https://mats-box.com/](https://mats-box.com/))がこんな投稿をしていたからなんだ。
> 5月16日の「性交禁忌の日」、元ネタであるとされる『艶話枕筥』で該当の箇所を確認してみたいが国立国会図書館にはないのかな(検索で出てこなかった)
> ([https://366.koyomi.online/@matsbox/114508720694322085](https://366.koyomi.online/@matsbox/114508720694322085))
はこさんが試みているように、国会図書館デジタルコレクションなどの古い本の画像が見られるデータベースで題名を検索してみたけど、ヒットしない。
そこで、「[艶本資料データベース](https://lapis.nichibun.ac.jp/enp/UserMenu)」で書名を調べてみると、やっぱり『艶話枕筥』というタイトルのものはなかった。
![[1_O4ZaEhPzNYfs4_SMp-FPeg.png|日文研のデータベース。すごいデータベースがあるな……。]]
*日文研のデータベース。すごいデータベースがあるな……。*
うーんと思いながらネットで色々見てみると、性交禁忌の日について書いてあるものはほとんどが「『艶話枕筥』という本にこう書いてあるらしい」という感じの調子で、原典にあたったものがないんだよね。
どうもこれは書名からして怪しいなあと思っていると、 [「浮世絵文献資料館」というサイト](https://www.ne.jp/asahi/kato/yoshio/index.html)に「上巻見返しに『秘蔵艶説/枕筥』本文に『**艶説枕頗古**』とある。」という[記述を発見](https://www.ne.jp/asahi/kato/yoshio/hanponnenpyo/enpon-nenpyou.html)した。
そこで、再度「艶本資料データベース」で『艶説枕頗古』を調べてみると、あったあった!→[https://lapis.nichibun.ac.jp/enp/Cover/List/413](https://lapis.nichibun.ac.jp/enp/Cover/List/413)
ざーっと見てると、中巻にそれっぽい記述があった!(句点はノキ)
![[1_VT8EWNpPzvDZJmDhkLFb-g.png|『艶説枕頗古』(艶本資料データベース)https://lapis.nichibun.ac.jp/enp/Picture/View/413/2/9]]
いわく、
> 五月十四日陰陽|配偶《まじはる》べからず。三年《さんねん》のうちに死《し》するト云。医心方に見《み》へたりといふ。**五月十六日|房内《ねやのうち》禁事《ましはり》犯《おか》すときは三年《さんねん》を出ずして死す。**
ということで、5月16日にセックスをすると3年で死ぬという記述はあった。
**ただし、書名がちょっと違ったね。**
正しくは、『艶説枕頗古《えんせつまくらばこ》』で、渓斎英泉《けいさいえいせん》という絵師が制作したものらしい。
出版年は嘉永元年。西暦だと1848年だから、150年くらい前だね。
もっとも、江戸のこの手の本のタイトルは結構流動性がある(と思う)ので『艶話枕筥』というタイトルのものもあったのかもしれない。
でも、とりあえずネットで探せる範囲では見つけられなかった。
**多分だけど、「説」を「話」に見誤った人がいたんじゃないかな。それがこうやって広まっちゃったのかなーと。**
ということで、気になったら原典に当たるのは大切だぜ、とか古文とくずし字が読めると150年前のエロ本も読めちゃうぜ!とか言って終わってもいいんだけど、ここはもうちょい調べてみよう。
# **「五月十六日房内禁事犯すときは三年を出ずして死す」の元ネタ**
これはネットにも結構書いてあったんだけど、この言説は『医心方』という本から出ているらしい。[^1]
『医心方』は永観2年(984年)にできた、日本で現存最古の医書。
国宝に指定されている写本もあって、ネットで画像も結構簡単に見られるよ。
ということで、せっかくだから『医心方』も見てみよう。
調べると、どうも「房内篇」の「禁忌」というパートに該当の記述があるらしい。
]]
そのままだと読みづらいから、ノキが読み下しにしたよ。
> 又云ふ、『素女論』曰はく、「五月十六日は天地牝牡の日。行房するべからず。之を犯せば、三年を出ずして必ず死す。」と。
自分なりに訳すとこんな感じかな?
> また、『素女論』がいうことには、「5月16日は天地牝牡の日である。性交をしてはならない。これを破れば、3年経たないうちに必ず死ぬ。」と。
おーそのまんまだね。
どうも『艶説枕頗古』は『医心方』に書いてあることを色々と引いているみたい。
他の部分もざーっと見てみたんだけど、例えば、男子は20歳になったら2日にいっぺんくらいは射精したほうが良いよ、とか書いてある。
これも『医心方』に書いてあるんだよね。
* * *
ということで、「5月16日は性交禁忌の日」という言説の原典を巡って、色々と調べてきた。
ネット上にあるこの日についての情報はほとんどが不正確だから、こうして筆をとったってわけ。
この日に興味を持った人は全員この記事を読んでほしいよねw
…………
……
# …調べきれなかったこと
とまあ、このあたりで満足できないのがぼくでして……。
どうしても16日の前に記事を出したかったから、調べたり考えたりする時間がなくて残っちゃった課題をここに書き殴っておく。
少し専門的かつ雑になるから、あんまり読まなくても大丈夫。
もし読んだ奇特な方があったら、色々教えてくれるとありがたい。
まず、『医心方』には「天地牝牡」という表現が出てきた。
意味はなんとなくはわかるんだけど、はっきりとした意味はわからなかったんだよねえ。
たくさん辞書を引けばわかりそうではあるけど……。
「牝牡」というのは陰と陽のことなんだけど、「天地牝牡」というのはなんだろう。
陰と陽が盛んに交感するということかなあとか思ったけど、よくわからない。
この辺の文脈は、『易経』なんかをきちんと理解している人ならピンと来るのかもしれない。
勉強不足!
そして、『医心方』には「素女論」ってあったけど、これなんだろう。
素女というのはどうやら道教の仙人で、房中術の代表者らしい。
『医心方』が書かれた頃には『素女経』という中国の房中術の本も入ってきていたそうだから、ここに元ネタがあるかなと思ったけど、今回は見つけられなかった。
『医心方』の元ネタも、探したいところだよねえ。
それに関連して、そもそもなんで5月16日なんだろうというのもある。
『医心方』では、この前のほうに暦に関する禁が列挙されている。
そこには満月の日の前後5日は交わるな、とあるんだよね。
太陰暦では15日あたりが満月になるので、それと関係あると思う。
でもなんで具体的に16日なんだろう。
この辺は暦のことに詳しいとすぐわかりそうだなー。
そもそも『艶説枕頗古』には「五月十四日陰陽|配偶《まじはる》べからず。三年《さんねん》のうちに死《し》するト云。」ってあったんだよなー。
こっちは14日。うーん……。
なお、5月なのは、5月が仲夏の月とされていることと関係があると思う。この月は、どうやら陰陽の気が大いに争うらしく、それがいけないみたい。
……そう考えると、さっきの「天地牝牡」というのは、天地が割れるほど陰と陽とが争うってことなのかな?
* * *
ということで、実はぼくの中では『艶説枕頗古』から始まったこの問題……というか『医心方』の問題はあんまり決着がついていない。
まあ『医心方』はこれ単体で論文もあるし、もっと調べれば色々わかるとは思う。
でも、ひとまずはこのへんで収めておこうと思う。
そんな感じ!
[^1]: 裏取りはしていないのだけど、『医心方』は幕末まで一般人が普通に見られる本ではなかったらしい。とすると、『医心方』によったのではなく、別の本から学んだということになるね。