**この記事は「**[**学術バーQ・Communicative Bar & Cafe HANABI Advent Calendar 2024**](https://adventar.org/calendars/10345)**」16日目の記事です。
アドカレ結構盛り上がってていいねー。**
12月10日、御徒町にある[学術バーQ](https://sites.google.com/view/q-gakujutsu/home)で「多角的鹿考 弐」というイベントが行われました。
企画してくださったてっさん、ありがとうございます!
ぼくの他に2名の方がお話しされ、それぞれとてもおもしろかったです。
で、ぼくは「和歌と鹿」という題で話をしたので、喋ったことのまとめをしてみようというわけです。
最後に学術バーQへの思いをちょっとだけ書いたので、別に和歌に興味ねえよ!って方は最後だけ読んで!
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ぼくの専門は古代の和歌。主に『万葉集』を中心に研究をしています。
ということで、まずは『万葉集』に哺乳類ってどのくらい出てくるんだろう、というのをまとめてみました。
その表がこちら。
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個別に見ていくだけでも結構面白いですが、我らが鹿は登場回数なんと2位!
それだけ古代日本人にとって鹿が身近だったということがうかがえますね。
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で、『万葉集』の鹿と言えば、最も有名な歌はこれでしょう。
> 夕されば小倉の山に鳴く鹿は今夜は鳴かず寝ねにけらしも
> (8・1511 崗本天皇)
歌の後にある(8・1511 崗本天皇)というのは、それぞれ巻数・通し番号・作者を指します。
研究者の間では、「巻8の1511番歌」と言えば、歌の本文を言わなくても上記の本文が頭に浮かびます。
崗本天皇というのは、飛鳥崗本宮に宮を構えた舒明天皇のことであるとするのが定説です。
舒明天皇は、34代目の天皇。7世紀の人です。
さてさて、この歌には少しむずかしい問題がありまして、実は『万葉集』の他の巻に別人の作として、歌句も少し違って載っているんですね。
それがこちら。
> 夕されば小倉の山に**伏す鹿し**今夜は鳴かず寝ねにけらしも
> (9・1664 雄略天皇)
第3句が「鳴く鹿は」ではなく「伏す鹿し」となっていて、しかも作者が雄略天皇になっています。
雄略天皇は21代目の天皇。5世紀の天皇ですね。昔だ~~。
有名な稲荷山古墳から出土した鉄剣に「獲加多支鹵大王」と書いてある、あの人のことです。
この両者の関係は少々複雑で、重複をどう考えたら良いのかを含めて、専門的な事柄になりますし、鹿の話からはそれるので、ここでは崗本天皇の歌のみについて考えることにして、先に急ぎましょう。
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問題の歌の本文を再掲しましょう。
> 夕されば小倉の山に鳴く鹿は今夜は鳴かず寝ねにけらしも
まず、この歌の季節はいつでしょうか。
『万葉集』には、
> **夏野行く**雄鹿の角の束の間も妹が心を忘れて思へや(4・502 柿本人麻呂)
> ――夏の野を行く雄鹿の角が短いように、ほんの短い間でも妻の心を忘れていられようか。
のように夏の鹿をうたったものもありますが、多くは秋の鹿が好んで詠まれました。
ちなみに、鹿は春に角が落ち、そこからだんだんと生えていきます。だから、夏はまだ角が短いのです。
この歌は、まだ短い角みたいに短い間でも妻のことが忘れられないよ、と言っているわけです。
さて、秋の鹿をうたったものには例えば以下のようなものがあります。
> さ雄鹿の心相思ふ**秋萩**のしぐれの降るに散らまく惜しも(10・2094 柿本人麻呂歌集)
> ――雄鹿が心に思っている秋萩が、時雨が降って散ってしまうのが惜しいよ。
![[Pasted image 20251211203950.png]]
ここでは「秋萩」の花を雄鹿の妻と見ているようです。
このように、『万葉集』においては、雄鹿と秋萩の組み合わせが良く詠まれました。
鹿と萩を詠んだ歌をもう一首紹介しましょう。
> 我が岡に**さ雄鹿来鳴く初萩の花妻問ひに**来鳴くさ雄鹿(8・1541 大伴旅人)
> ――私の岡に雄鹿が来て鳴いている。初萩の花を妻として訪ねて来て鳴いている雄鹿よ。
ここでは雄鹿が妻問いのために鳴いています。
このように、『万葉集』では秋に雄鹿が妻を求めて鳴くことが多く歌に詠まれました。
もう一首だけ紹介しておきましょう。
> 吉隠(よなばり)の猪養(ゐかひ)の山に**伏す鹿の妻呼ぶ声**を聞くがともしさ(8・1561 大伴坂上郎女)
> ――吉隠の猪養の山に隠れ住んでいる鹿の妻を呼ぶ声を聞くことの羨ましさよ。
作者の大伴坂上郎女は、現在の奈良県桜井市あたりの「跡見の田庄(とみのでんしょう)」というところでこの歌を詠んだことが一首前の歌の題詞(作歌事情などを書いた漢文)に書いてあります。
おそらく、大伴坂上郎女は一人で田庄にいたのでしょう。
「田庄で一人寝をする身には妻を呼ぶ鹿の声が羨ましく聞こえるよ」とこぼしているわけです。
このように、**秋の鹿の鳴き声は恋情を掻き立てるものとして詠まれました**。
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ここで、問題の歌に戻りましょう。三度、引用します。
> 夕されば小倉の山に鳴く鹿は今夜は鳴かず寝ねにけらしも
ここまでの鹿の歌を踏まえると、この歌は、秋の夕方、小倉の山で妻を求めて鳴いている鹿が今夜は鳴かない、ということを詠んだものだとわかります。
現代語訳してみると、以下のような感じになるでしょうか。
> **夕方になると小倉の山で鳴いている鹿が今夜は鳴かない。寝てしまったのかなあ。**
実は、この歌は近代以降、ずっと高い評価を得ています。例えば、歌人・斎藤茂吉は[『万葉秀歌』](https://www.aozora.gr.jp/cards/001059/files/5082\_32224.html)で以下のように述べています。
> いつも妻をもとめて鳴いている鹿が、妻を得た心持であるが、結句は、必ずしも率寝(いね)の意味に取らなくともいい。**御製は、調べ高くして潤いがあり、豊かにして弛(たる)まざる、万物を同化包摂したもう親愛の御心の流露であって**、「いねにけらしも」の一句はまさに古今無上の結句だとおもうのである。[…]**「いねにけらしも」は、親愛の大御心である**が、素朴・直接・人間的・肉体的で、後世の歌にこういう表現のないのは、総べてこういう特徴から歌人の心が遠離して行ったためである。
まさに絶賛ですね。
第5句「いねにけらしも」は「親愛の大御心である」と述べていますが、茂吉の理解によれば、この歌は天皇が妻を得たらしい鹿に心を寄せて親愛の気持ちを述べたもの、ということになるでしょうか。
でも、**そもそもなんで天皇がわざわざ鹿に親愛の気持ちを寄せ、しかもそれを歌にしたのでしょうか**。
従来の解釈では、その点に必ずしも明瞭な答えを出してこなかったように思います。
実は、それを解き明かすアイディアはあるのですが、それはきちんと先行研究を読んで論文で書こうと思います。
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というわけで、『万葉集』の鹿について書いてみました。
他に紹介したい面白い歌もあったんだけど、記事が長すぎちゃうのでカットしました。
学術バーQはお客さんとして行くのも楽しいけど、実は話す側に回ると、普段自分が考えていることや知識を整理することになるので、本業の研究にも役立つな、ということを今回改めて思いました。
ということで、
**学術バーQで喋ると論文が書けるぞ。**
以上です。ごきげんよう!