昨日(2024/09/04)、各ニュースサイトでリリースされたけど、飛鳥時代末期の九九表が見つかったってね!すげー! Yahooニュースが結構まわってたけど、個人的にわかりやすかったのは毎日新聞のニュースだったから、それを貼っとくね(→ https://mainichi.jp/articles/20240904/k00/00m/040/089000c )。 ぼくはいち古代数学ファンとしていまだに興奮しているわけだけど、これを機に平安時代くらいまでの九九の歴史と古代日本や中国における数学について、ちょっとだけ解説してみることにしたよ。 それじゃあ行ってみよう! # 今回の発見って何がすごいの? まず今回の発見から見ていこう。 2009年に報告された木簡を再調査したところ、どうも九九表が書いてあったんじゃないかと思われるってのが今回の発見。 モノじたいはすでに知られていたわけだね。 [奈良文化財研究所の報告書](https://sitereports.nabunken.go.jp/140171)によると(22–23頁)、2009年時点では「九々八十一」の次を「四々十六」と読んでいたらしい。 つまり、九九が書いてあることはわかったけど、規則性は見出し難いと判断されたわけだね。 それが、今回の再調査で「九々八十一」の次が「四九卅(さんじゅう)六」の可能性が高いことがわかった。 そうなると、右から左へ「八九七十二」「七九六十三」「六九五十四」「五九四十五」と数を下ろしていって、そこで改行すると次がちょうど「四九卅六」になる。 であれば規則性が見いだせる、ということだね。 ![[1_N7dSMh0XKNB2EWsMhZ18Kw.png|『奈良文化財研究所紀要2024』23頁による。]] 今回の発見の何がすごいかというと、こんなにしっかりした九九表は今まで日本で見つかってなかった、ということなんだよね。 九九じたいはこれまでにも木簡で見つかっていたし、後で説明するけど『万葉集』に九九が出てくるから、九九が伝わっていたことはわかっていたのだけど、きちんとした表が見つかっていなかった。 それが、**今回の発見で日本でもこの時代から九九表を使っていた**のがわかったんだね。 # 古代日本の九九 じゃあ、これまで見つかっていた九九ってどんなものだったんだろう。 まずは木簡を見ていこう。以下、木簡の画像の出典は[木簡庫](https://colbase.nich.go.jp/)によるよ。 ![[1_BoFZHwf9WAD8F1vMZF5ztw.jpg]] これ結構わかりやすいんじゃないかな。 上のほうに「五九|卌《しじゅう》五」と書いてあるのがはっきりと見えるね。 ほかにもこんなのはどうだろう。 ![[0_sH_QvkTGwlATAOBW.jpg]] これも見やすいね。 「九々八十一」とある。その下には「八」とあるから「八九七十二」と続くのかな? これらを見てみると、**どれも九九は書いてあるけれど、散発的で表になるほど大規模じゃなさそう**なことがわかる。 繰り返すけど、そういう意味で、完全な形の九九表が推定できる今回の発見は重要だということだね。 ところで、実は現存最古の和歌集である『万葉集』にも九九が登場しているんだよね。意外だよね。 ちょっと見てみよう。例えばこれ。漢字ばっかりだけど、なんて読むでしょうか! > 不知**二五**寸許瀬(万葉集11・2710) 「いさ**二五**きこせ」とあるんだけど、「二五」の部分は「とを」と読む。 つまり、「とお」。十! 『万葉集』は仮名をすべて漢字で書いているんだけど、こうやって九九が入り込んでいる場合があるんだよね。面白くない?? こんなふうに、**実は奈良時代よりちょっと前くらいから、日本人は九九を使っていた**んだ。 じゃあ、九九ってこの時代に日本人が編み出したのかっていうと、実はそうでもない。 他の多くの文化と同様、中国から伝わったものなんだ。次の節では中国の九九の様子を見てみよう。 # 古代中国の九九 実は世界最古の九九表が見つかったのも最近だったりする。 [この記事](https://www.sohu.com/a/745831719_120952561)は2023年12月21日。内容の一部を機械翻訳してみると… > 12月21日、国家文化財局は「中国考古学」主要プロジェクトに関する重要な進捗会議を開催した。表紙の記者は会議で、最古の物理的な九九「九九九九」が湖北省荊州市の秦家嘴墓地で発見されたことを知った。知られている最古の九九九九は、李耶秦の竹簡から発見された。**湖南省翔西で発見された秦家嘴竹簡『九九書』は、それより約1世紀前のものである。** これまで知られていた最古の九九より1世紀遡る九九竹簡が発見された、というニュースで、年代は戦国時代(紀元前403~221)にまで遡るようだね。 ![[0__GwRlDMfi0yGdH1e.jpg|https://www.sohu.com/a/745831719_120952561 より]] 今回見つかったものが左で、右がこれまでに知られていたもの。すでに知られていたものは紀元前222~208年、秦代のものだよ。 どちらも日本のものよりはっきりとした形で残ってるね。右にいたっては完全な形の九九表だし。すげー。 こんなふうに中国では紀元前から九九が行われていたわけだけど、九九の位置付けの一端がわかる資料が実はあったりする。 大矢真一『和算以前』(中公新書)から、春秋時代の斉の桓公の説話(前漢『韓詩外伝』)の概略を引いてみよう(5頁)。 > 桓公は名君のほまれ高い人であった。国を強くするために四方に人材を求めた。夜は庭にかがり火を焚いて、夜でも面会の人の来るのを待った。しかし、一芸に秀でた者は、初めのうちはなかなか集まらなかった。そのうちに、一人の田舎者がやって来て、桓公に召し抱えてほしいと乞うた。家臣を通して、その秀でているところを聞かせると、「九九」を唱えることができるという。桓公がおどろくと、その田舎者は **「『九九』は小技ですが、これでも召し抱えられるということになると、私よりりっぱな人が続々と集まりましょう」と答えた**という。 九九はそれほど高度な技能ではないけれど、しかし特殊技能であったらしいことがわかるね。 現代では日本の小学校でみんな九九を習うわけだけど、かつてはどうやら数学じたいが特権階級のものであったようで、九九も限られた人だけが暗唱できればよかったみたい。 # 九九の伝来はよくわからないけど… 残念ながら九九がどうやって中国から日本に伝わったのかというのはよくわからないんだけど、中国の『九章算術』という数学書が、奈良時代の日本人の学習すべき本として位置づけられていることは重要だと思う。 律令(学令)にこう書いてあるんだよね。 > 凡そ算経は、孫氏、五曹、**九章**、海嶋、六章、綴術、三開重差、九司、各一経とせよ。 ここにある「九章」というのが、さっき言った『九章算術』。 で、その『九章算術』には、九九表が載っていたりする。 だから、日本でも数学的知識を必要とする役職についていた人には、九九は馴染のある技能だったんだろうね。 でもやっぱり覚えるのは大変だったみたいで、平安時代中頃の書物『口遊(くちずさみ)』には歌って覚えよう、と九九表が載っていたりする。 多分、日本における完全な形の九九表はこれが最古なんじゃないかな。 ![[1_a9---U16L60WUyWoBPXY1Q.png]] これは国会図書館デジタルコレクションで実際の画像が見られるからリンクも置いておくね。 [https://dl.ndl.go.jp/pid/1874523/1/37](https://dl.ndl.go.jp/pid/1874523/1/37) * * * はい、そんなわけで、日本古代の九九についてざっくりと解説してみた。 これを読んで今回の発見をもっと楽しんでくれたらいいな。 それじゃ!