この記事は「[人生たのベントカレンダー🎶 Advent Calendar 2023](https://adventar.org/calendars/8787)」の12日目の記事ですよ。人生たのシンフォニーさん、いつもありがとう! # はじめに 皆さんは田場狩『秘伝隠岐七番歌合』を読みましたか? [第5回ゲンロンSF新人賞の受賞作なのだけど](https://webgenron.com/articles/news20230221_01)、めちゃくちゃ面白かったというか、出てくる和歌にいちいち感動しました。なので紹介したい!! あらすじと簡単な評はこんな感じ。 > 13世紀、鎌倉時代の日本。京都の自邸にいたはずの藤原定家は、なぜか日本海の只中にある隠岐で目覚める。そこで流刑になった後鳥羽院と再会、しかも歌合の判者(判定者)になるよう要望される。相手はなんと天から来た灰人(はいんど)と呼ばれる異形の者だった。灰人が和歌に注目したのには理由があった。 > 新古今和歌集の選者で知られる藤原定家が、後鳥羽院(出家後の後鳥羽上皇)とグレイタイプの宇宙人が和歌を競う歌合の審判員になる。しかも、歌合ではお互いの和歌がガチに披露される。エイリアン灰人の力で幻視した宇宙の光景を織り交ぜながら、お題(テーマ)ごと7組(14首)の和歌が吟じられるのである。宇宙人はともかく、後鳥羽院の和歌を新たに創作するとはなかなかに豪胆だろう。和歌は擬古文ながら、判定の説明は現代文なので読みやすい。[^1] 面白そうでしょ? ところで、歌合というのは左右に分かれて和歌を出し合い優劣を決めていく競技だよ(負けて死んだ人もいるよ→[天徳内裏歌合](https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E5%BE%B3%E5%86%85%E8%A3%8F%E6%AD%8C%E5%90%88))。 事前に題が提示されるので、それをもとに当日までに歌を考えてくるのだね。 今回判者の定家が設定した題はこちら。 - 宇宙洪荒 - 波 - 寄時恋(ときによせるこい) - 寄星恋(ほしによせるこい) - 熒惑(けいこく) - 異浦(ことうら) - 未来 7つの題だね。後鳥羽院と灰人の2人がいるので、小説中に出てくる歌は全部で14首。 全部紹介していくと長くなっちゃうから、今回はノキが特にいいなと思った歌2首を紹介していこう。 # 宇宙洪荒 「宇宙洪荒」は『千字文』の冒頭「天地玄黄 宇宙洪荒」からとったもの。この題を設定した定家の意図を聞こう。 > 「宇」は上下四方、「宙」は往古来今すなわち太初から未来まで、「洪荒」は広く大きい様を指し、灰人から教わった天上の光景をあらわす語として如くはないと選んだものだ。この語が持つ雄大な広がりをいかに和歌へ落とし込めるかが、勝敗の分かれ目になるだろう。 『千字文』は中国で作られた詩なのだけど、日本でも漢字や文字の練習によく使われた。 後鳥羽院や定家にとっては、常識中の常識にあたる文言というわけだね。 で、後鳥羽院が提出した歌がこちら。 > **高殿にのぼりてみれば百伝ふ星はとどろに行きかよふなり** 「高殿」は「たかどの」と読む。高い建物のことだね。 作中で定家は「高殿にのぼりてみれば」について、仁徳天皇の歌「高き屋にのぼりてみれば煙立つ民のかまどはにぎはひにけり」を本歌取りしたものだと解説している。 「百伝ふ」は「ももづたう」で、枕詞。古典和歌に「星」にかかる例はないと思うんだけど、ここでは「星」を導く枕詞として使われている。 『古事記』顕宗天皇の歌に「浅茅原 小谷を過ぎて 百伝ふ 鐸(ぬて)響(ゆら)くも 置目(おきめ)来らしも」とある。ここはこれを意識しているらしい。 意味としては、**「高い建物に登ってみると、星がごうごうと行き来している。」** といった感じかな。 天皇が高いところに登ってあたりを見回す動作は「国見」と言って、自分の支配領域を確認する意味合いがある。 普通は国土を見るわけだけど、ここでは宇宙を見ているわけだね。そこに、この歌の常識外れの雄大さ、後鳥羽院の豪胆さが出ていると思う。 作中でも定家は感嘆していたけど、ぼくも驚き、打ち震えた。やべえ歌。 ちなみにこの題における判定は後鳥羽院の勝ち。定家は判定を迷ったのだけど、歌合の一番目では天子のいる左を勝ちとする儀礼があるらしく、左の勝ちになった。 ぼくは文句なく院の勝ちだと思うね。 # 波 お次は波。今度は灰人の歌を紹介したい。 > とほざかる人のこころや袖ぬらすなみの花さへ色づきにけり 現代語訳としては、**「遠ざかる人の心よ……その心は袖を濡らす波の花さえも色づかせるということだなあ」** といった感じになるかな。 正直、少し理解がし辛い歌のように思った。灰人の歌はこういう感じで、定家の解説を聞かないと意味が取りにくいものが多い。 言い換えれば理知的とも言えるわけで、この辺を意図して作っているとしたら、田場狩さんはすごい作家だと思う。 「とほざかる人」とは、定家が言うように都から隠岐に流されてしまった後鳥羽院を指すのだろう。 「こころや」の「や」は「……よ」といった呼びかけの言葉。 「袖ぬらす」は文字通り「袖を濡らす」ことなのだけど、和歌の世界で袖を濡らすといえば、「泣いていること」を指す。 つまりここでは、後鳥羽院が配流されてしまい泣いていることを表現していると読めるね。 で、この歌の肝の「なみの花」。これは、「白く立つ波のしぶきや泡を、咲く花に見立てた表現」(『歌ことば歌枕大辞典』)。 この歌では、その「なみの花」が「色づく」と言っているわけだね。 もちろん、実際に波しぶきが紅葉のように色づくわけはない。 しかし、「白く立つ波のしぶき」を「白い花」のように見立て、それが色づく、と言っている。 こういう想像の世界に遊ぶような営みが、和歌では良く行われているんだよね。案外面白いでしょ? ここで、定家の解説を聞いてみよう。 > ここでいう「色」はもちろん紅涙の赤、住み慣れた場所を離れて行く者の血の涙が、白い波濤を花に見立てた「なみの花」すらも赤く染めると詠じる。主体を院と特定はできないが、ここに歌われた情趣が院に当てはまることはたしかだ。**さらに定家はこの歌に、銀河が遠ざかっていくために光の波長が赤の方向にずれる現象が重ねられていると見抜いた。暗い宇宙の底にぽつりと落ちた紅涙が、もうひとつの赤き「なみの花」を咲かせる様が幻視され、宇宙の眺めが歌語と調和したこころある調べとなっていた**。 灰人のこの歌そのものから受け止められる意味はさっきまでぼくが書いてきた通りだと思うんだけど、小説としては、ここに「光の波長」が重ねられていると読ませたいようだね。 和歌は和歌単体で読むこともできるけど、前後の文章(和歌集ではこういう文章を詞書〈ことばがき〉・左注と言うよ)と合わせて読むことで、さらに奥行きが生まれる。 ここでは、定家の文章と和歌とを合わせて読むことで、鎌倉時代の人間が本来知りようもなかった光の波長という物理現象が和歌に詠まれている驚き・斬新さ・灰人の宇宙人らしさを演出する狙いがあると思う。 # 両者の比較 ここで、後鳥羽院と灰人の歌とを比較してみよう。 **高殿にのぼりてみれば百伝ふ星はとどろに行きかよふなり(後鳥羽院)** **とほざかる人のこころや袖ぬらすなみの花さへ色づきにけり(灰人)** 後鳥羽院の歌は、さっきも言ったように「百伝ふ星」を見ているわけだ。 院の歌は、直接的に宇宙を読むことに成功していると言えるかな。 一方、灰人の歌は表面上は後鳥羽院を気遣う歌となっていて、そこには宇宙を思わせる表現は出てこない。 灰人は最初から和歌を知っていたわけではなく、日本に来て後鳥羽院から習ったわけだけど、それゆえか、伝統的な和歌の表現の範囲に収まろうとする傾向があるように感じる。 灰人の歌は歌単体としては伝統的和歌表現に則ったものなのだけど、判者である定家の解説込みで読むと、本来和歌では詠みようもない物理法則を詠もうとしていることに気付かされるわけだ。 **つまり、後鳥羽院は伝統的和歌表現から脱却して宇宙を詠もうとするのに対して、灰人はあくまで伝統的和歌表現の内側で、宇宙を詠もうとしている**んじゃないかな。 両者の詠みぶりがこう対象的になっているのがとても上手いと思う。 すごくない?面白くない? * * * ということで、たった二首だけを紹介したにすぎないけど、結構長くなっちゃったからここまでにしておこうかな。 いつかどっかで『秘伝隠岐七番歌合』の和歌を全部読む、とかやりたいな。 あ、もしここまで読んで『秘伝隠岐七番歌合』を読んでみたいなと思った人、Kindleですぐ読めるぞ! >秘伝隠岐七番歌合 第5回ゲンロンSF新人賞受賞作 ゲンロンSF文庫 >https://amzn.asia/d/9lLKuxB ぜひ買って感想を教えてくれよな!(上のリンクから買ってもぼくに何の利益も入らないぞ!) じゃあ、長かったけど最後まで読んでくれてありがとね! [^1]: 岡本家記録「田場狩『秘伝隠岐七番歌合』ゲンロン/河野咲子『水溶性のダンス』ゲンロン」[https://bookreviewonline.net/WP/2023/02/%E7%94%B0%E5%A0%B4%E7%8B%A9%E3%80%8E%E7%A7%98%E4%BC%9D%E9%9A%A0%E5%B2%90%E4%B8%83%E7%95%AA%E6%AD%8C%E5%90%88%E3%80%8F%E3%82%B2%E3%83%B3%E3%83%AD%E3%83%B3-%E6%B2%B3%E9%87%8E%E5%92%B2%E5%AD%90%E3%80%8E/](https://bookreviewonline.net/WP/2023/02/%E7%94%B0%E5%A0%B4%E7%8B%A9%E3%80%8E%E7%A7%98%E4%BC%9D%E9%9A%A0%E5%B2%90%E4%B8%83%E7%95%AA%E6%AD%8C%E5%90%88%E3%80%8F%E3%82%B2%E3%83%B3%E3%83%AD%E3%83%B3-%E6%B2%B3%E9%87%8E%E5%92%B2%E5%AD%90%E3%80%8E/)